ベーブルースとルーゲーリッグの時代の球種は

Writer: admin Type: ゃべり、雑談 Date: 2018-12-14 00:00
ベーブルースとルーゲーリッグの時代の球種は、ストレートとカーブくらいしかなかったんですか?共感した0###ベーブ・ルースとルー・ゲーリッグの現役時代、言い換えると1920~1930年代のMLBではカーブ以外の変化球もよく投げられていたのか? という質問ですね。いろいろな英語のサイトを総括すると、カーブ以外にも現在のようにさまざまな曲がり方をする変化球は投げられていた。ただしその独特の曲がりをする変化球を投手がきちんと認識して・決め球として投げていたのかとなるとそれはごく一部の投手だけに限られていた、というのが私の意見です。●ベーブ・ルースの回顧録を見ると、彼が投手時代(1910年代)には 投げた球が勝手にSail(セイル)するという表現がしばしば出てきます。 ルース投手は変化球を投げたつもりはないのに、打者にはホームベース付近でボールが波打つ(蛇行する)ようにまがり、それでアウトにできたことがままあったそうです。●1920年までは、投手がボールに唾液(つば)をつけたり、泥を薄くこすりつけたり、ヤスリで傷をつける投球(変化球)について厳格な罰則がありませんでした。このような変化球の始まりの起源には諸説ありますが、1900年代中ごろMLBに在籍していたエルマー・ストリックレット投手が(当時としてはめずらしく)他の投手にもおおっぴらにそのノウハウを公開したのが始まりではないか?と言われています。1920年にこのようなボールを投げることは公式に禁止され罰則もできましたが、それまでこれを決め球としていた17投手に対しては特例として引退まで投げることが許可されました。この特別ルールの恩恵を受けて最後に引退したのがBurleigh Grimes投手で引退が1934年。通算270勝をあげました。実際には1920年以後も、投手なら腰ベルトの留め金にこっそりボールを滑らせる。捕手ならレガースの留め金でボールをこすり、何事もなかったかのように投手にボールを戻す。野手なら特定の内野手があらかじめグラブの表面にたっぷり油を塗っておいて、内野ゴロアウト直後にボール回しをしている最中にこっそりとボールにこの油をつけて投手に返す、などの不正行為が続けられていたのは”公然の秘密”だったようです。●現在ではドロップ・カーブ、スライダー、ツーシーム、横滑りカーブ、スラーブなど個々に分類されるカーブ系の球もおそらく1920~30年代にはひとまとめにくくられて”カーブ”と呼ばれていたのだろうと言われています。少し前まではスライダーの開発者は1948年インディアンスのボブ・フェラー投手だったと言われていましたが、2大リーグが発足して50年弱近くにわたり誰もスライダーを投げていなかったとは考えずらく、もちろん現在のように誰でも習得が可能とはいわずとも、一部の投手が持ち球にしていた可能性は大いにあります。スライダーについては最近になって1900~1910年代にフィラデルフィア・アスレチックス(現;オークランド・アスレチックス)でエースだったChief Bender投手(通算212勝)が起源ではないか?という説もあります。1920年代にインディアンスの投手だったGeorge Uhle(通算200勝)が起源ではないか?という説もあります。1920~1930年代にブラウンズ(現;オリオールズ)に所属していたGeorge Blaeholder投手(通算104勝)の特異なボールの曲がり方は当時から有名だったようで、引退後の1936年 ある野球雑誌に、”自分はスライド・ボールを操れたからメジャーで100勝もできた。” という趣旨の文章が掲載されていたことが確認されています。この「スライド・ボール」が現在のスライダーでは?という意見もあります。●シンカー、スクリューボール系の球は1900年代にニューヨーク・ジャイアンツ(現; サンフランシスコ・ジャイアンツ)の大エースだったChristy Mathewson投手(通算373勝)が決め球にしたのが始まりとしたことはほぼ間違いがないようです。当時はスクリュー・ボールとは呼ばれず ”魔球フェード・アウェイ”(打者の手元でふわっと視界から消えるボール)と呼ばれていました。1930年代にニューヨーク・ジャイアンツの大エースだったCarl Hubbell投手(通算253勝;添付写真)もスクリュー・ボールを最大の決め球としていました。第2回オールスター・ゲームでルースやゲーリッグを相手に5打者連続三振を奪った球もスクリュー・ボールだったと言われています。当時の貴重な動画は以下から見れます。Carl Hubbell - Baseball Hall of Famehttps://www.youtube.com/watch?v=jR4kHwWE138ただHubbell投手は1926年にタイガースの下部組織に入団した直後からスクリュー・ボールを武器に活躍していたものの、当時のタイガースの監督だったタイ・カップ(通算4191安打)から、”スクリュー・ボールは腕を痛めるのが定説だ。だからそんな球を決め球にしたいなら、俺はおまえを絶対にメジャーに上げない!” と言われて腐っていた時期もあり、おそらく1960年代になるまではごくごく一部の投手だけの武器だったのでしょう。●フォーク・ボール/SFFについては1910~20年代にMLBに在籍したBullet Joe Bush投手(通算195勝)が起源ではないか?という説が有力ですが、以外にもその後は50年近くブランク状態になっています。1959年にパイレーツのRoy Face投手がリリーフ専門ながら57試合 18勝1敗10セーブ 防御率2.70 という驚異的な成績を残した当時の決め球がフォークボールだったのは間違いないだろうというのが定説になっています。●ナックルボールは散発的ながら数名の投手がレパートリーのひとつにしていたようです。1910年代のEddie Cicotte投手、1920年代のEddie Rommel投手(通算171勝)、1920~30年代のJesse Haines投手(通算210勝)、同時代のFreddie Fitzsimmons投手(通算217勝)などは、決め球とはいわずともしばしばナックル・ボールを投げていたと言われています。###当時のストレートの平均球速の推定は何キロだったか分かりますか?
###詳しく説明していただき本当にありがとうございます。

 

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